昭和49年10月06日 特別奉修委員
二、三日前でしたですか。久留米の佐田さんが、韓国の方で毎朝参って来よる方。大体先月医者の言う通りであれば、亡くなっとんなさらなならんです。もう愈々末期症状が出て、もうどれだけの命を分かっとったんですけどね。又おかげ頂いておられますから。佐田さんのお話を聞かせて頂いても、今日熊谷さんのお話を聞かせて頂いても。熊谷さんも昨日おいでられて。
もう本当に昨日熊谷さんが、それこそ広々とした野原の様な所にお墓が一つあって、それが熊谷さんの弟さんの戦死かなんかなさった方のお墓だったと言われるですね。それをお届けされましたら、もうそれこそまあ李さんにとっては異国の地で病気をして、親戚知り合いと言った者はないね。もう本当に広々とした野原の様な方です。けれども熊谷さんが、「私は、あんたを娘の様に思うとるよ」と言って頂く。
佐田さん当たりが親身にお話して下さる事が、嬉しゅうて嬉しゅうてこたえんという感じなんです。その御夢を頂かれたと言うから、それは弟さんというのではなくて、矢張り病人さんを自分の弟の様に思うて、兄弟の様に思うて、身内の様に思うてああたが、おられる事でしょうねて。矢張り広々とした所にお墓が一つと言う事は、寂しい思いをしておられるのだろうからねと、言うて昨日おいでられた訳です。
もう本人はけろっとして起きてから、全然食欲はあんなさらんけれども、度々熊谷さんが持って来なさる柏餅なんかはね、美味しいと言うて食べなさるそうです。この頃から佐田さんがおいでられた時も、何かお花やら持って行かれたら、大変喜ばれたと色々な話がありますけれども、佐田さんが行かれるのに、今日は親先生どう言う様な事をもって、お話にしたら良かろうかというお伺いがあったんですよ。
そしたら礼と言う事を頂くですね。だからもう本当に、体生きとる筈じゃない者が、今日生きておる事だけでも、お礼を申し上げなければならない。もうとにかくお礼を言うより外にない。大体お礼を言うより外にないと言った様な信心は、一番難しい信心です。本当言うたら、信心が本当に分からなければ、礼を言う心は「こげな苦しか中に、どうして礼が言えるか」と言う所ですけれども、矢張り礼を言うと云う事が、お礼を申し上げるという信心が最高ですね。やっぱり。
昨日は秋山さんのお導きで参って来る。宮の陣教会の大体御信者さんですけれども。高田さんという方。それから龍さんという方。久しぶりにこの頃四、五日前に龍さんが参って来てから、ここに見えてからボロボロ涙流してから、お届けされるんです。それが主人が北九州の方に行っとって、自動車のショックに遭った時にですね、目が見えんごとなる。色々線がね。三本切れとるち。そのまま見えんごとなってから。目が。
それでいよいよ見えんごとなって、やっと帰って来て「こうして、目が見えんごとなりよります」と言うて、泣いてお届けされますとです。「おかげ頂かないかんね」と言うて。そしたら昨日、高田さんと一緒に参って来てですもん。「おかげで目が見えるごとなりましたけん、明日から勤めに行く」て。「勤めに行くてなんてから、一辺ここに、お礼参りに来じゃこて」と言うた事でしたが。うかつな事ですよね。それは嫁ござんがお礼に出てくるから良い様なもんじゃけれども、そんなもんじゃないと思うんです。
今も、安東さんが言われる様に、村内の方で息子さんのある就職の試験の事で一生懸命、お母さんが参って来よる。「おかげで、沢山の試験の中から、おかげ頂いてから、出来た」と。そしたらすとっと参りを止めてしもうてからね。それで安東さんが、それこそはがゆい思いをすると言われるけれども、分からなければ仕方のない事ですよね。だからもう安東さんがかわりに、お礼を今日申しとられましたけれどもね。
それから一昨日から綾部さんのお導きで、日田から参って来る方がありますが、お孫さんが一年七か月で、二階から落ちてね、脳天を割ってしもうた。それで大体即死にならんとが、死んどらんとが不思議と言われておるそうです。それがお参りして来て、本当に是がおかげ頂いたっちゃ、どうせ馬鹿になるだろうと云う訳でね、お祖母さんが参って来て、言いよんなさいますけれども。
それがねその前の前の日に、そう云う事が起こる前の日にね、松下幸之助さんの所から弔電が来たそうです。それは自分方には関係がないとです。松下幸之助って三菱ですかね。あのしかもあんた弔電が来るってんなんてん。いくら間違ったとはいいながらね。それで二人の息子さん達にはねこんな縁起の悪い事はなかけんで、まあ自動車に二人ながら乗られるから、自動車事故どん遭わんごとと、子供達には毎日言いよったと。
ところが孫がよもや本当にちょっとした油断でね、そう云う事になろうとは夢にも思わなかったが、やっぱり天地自然と言う物は、信心があろうがなかろうが、おかげは下さってあるのですから、そう云うお気付けと言った様な事は、やっぱりありますね。信心が無かったっちゃ。そう言う様な事だったから、もう死ぬ事に間違いないと決められとられますけれども。私が頂くと田んぼが引き割れてしまってね。
雨が降らなくてそれで稲が枯死寸前にあると云う所だから、私ももう駄目だと思いましたけれども、お願いしよったら、こう水を掛けて下さる所を頂いたからね。水がたっぷり掛かって、それは又蘇生する事ができると言う様な、ま際どい所の事ですが。これも又昨日龍さんと一緒に参って見えた高田さんなんですけれども、御夢を頂いて、そしてそれを秋山さんに聞いてもらった。
「そげな大変な御夢頂いとるなら、あんた早く合楽にお参りなさい」と言うてね。宮の陣の御信者さんだけれども、そう言うとったから、昨日参って来た訳ですけれども、真っ黒の水引のかかったのし袋を頂いた。それで秋山さんからお話を聞いて。本当に神様は御夢の中にでも、おかげを下さる。御夢の中でもお取り払い下さる。だからそういう時に、本当に御夢の中にでもお取り払い下さったとして、お礼を申し上げる心になると、お礼の事に切り替えられる。
ところが「こういう縁起でもない事が起こったから、縁起の悪い事が起こるかも知れん。起こるかも知れんから用心せんの。」と言った様な考え方は、本当にそう云う事を呼ぶと言う様な事はね、分かります。けれども、結局何もかも一切に、おかげにして行くと云う事は、礼に勝るものはないと言う事です。昨日、高田さんが頂いておられるとが、バナナをこうやって、こう幾つかに切っとられるとこを頂かれた。これはどう云う事じゃろうかって。「それはあなた。夫婦和合が出来よらんと云う事じゃから。」
そしたら自分で笑い出してからですもん。「その、お父さんからいろんな請求があったばってんが、けちゃらけちゃらです。そしてその日は、喧嘩して、ものも言わじゃった」って。神様ちゃ見通しという訳ですね。所がその日だけは、身体が悪かったその日だけは。なら秋山さんからお話を頂いて、お礼に出らなんという気持ちになったら、それがおかげ頂いた。「お礼に出ると思うただけでおかげ頂いた」と。
そしたら、今度は又御夢を頂いてから、レンコンをさくさく薄く切りよる所を頂いたげな。それはどう云う事でしょうかと「それは、あんたどんが信心は出来んばってんね、神様がレンコン食うて下さる様なおかげを頂いとる訳なんです。あんたの場合は特にね。それをあんたが、切り刻みする様な事。言わば長い間、御無礼しとったと言う事は、神様が信心は出来んけれども、おかげは下さってあるのだからね。
それを切り刻みする様な事では、おかげにならん」と言った様なね。御理解頂いて、まあ取り留めない幾つかの例をねお話しましたけれども、その皆の中から共通する事はね、とにかくお礼が足りないと言う事です。例えば李さん当たりの様に、まだ信心が分かんなさる筈もないから、お礼を言わなんったっちゃ、お礼を言う術も分かんなさらんだろうけれども、お礼を言うより外にないと、神様が仰るくらいです。
最近私はどういうお届けがあっても、神様にお礼ばっかりです今は。もうこれは天と地がひっくり返った様に素晴らしい事です。これはどう言う事かというと、今までは言うならば、私例えばいろんな難儀な問題がありましょう。皆さんがお届けなさいましょう。そすとこの人達は信心が出来ませんから、私が修行しますから、私が改まりますから。私が磨きますから、どうぞおかげをやって下さいというのが、今までの二十五年間の信心だったんですよ。そしてこの程度におかげを受けた訳です。
今はそうではないですよね。そういう義理き的な事から他力的な信心になったですから。もう限りがないのですから。例えば難儀な問題を持って来ても「神様又あなたが喜びなさる様な人が参って来たですよ」と言う訳ですたい。難儀な問題をどげなふうに持って来ても、ここに又あなたの心が分かろうとする人が参って来たのですから、私はもうお礼を申し上げとけば良かという感じと言う程しに今合楽の信心は一変しとります。
これはもうそれこそ、何と言うですか。この頃から「五次元の世界に住む。」と言う事を頂いたけど、私は一次元がどう言う事やら、二次元がどう言う事やら、私はとんと意味は分かりませんよ。これは何か哲学的な勉強した人でなからな、分からない事でしょうけれどもです。だから、私の今の心境。これが五次元というのではなかろうかと言う風に思ってます。しかしこれは大変な事ですよね。これは今の金光教の中で、例えばこう言う事を言えれるのは、合楽だけだろうと思うんです。
どんな難儀を持って来ても、「神様ほら又あなたの難儀な氏子が、ここに助かる手立てを求めてやって来とるのですから」今までは私が修行しますから。私が改まりますから。私が磨きますから。どうぞおかげをやって下さい。だからあんまりみついてもろうたっちゃ、こっちが困るという生き方じゃった。所がもう今度は反対です。二十五年間という、それこそ溜めに溜めた。言うなら光と言うものが、蓋を取ったからね。これからどれだけの人が参って来ても、その光に潤う事が出来た。
私はどげな難儀な人が持って来られたっちゃね、それは人間ですから。今光昭先生がお話を聞かせて貰よって「ほんになんち難儀な事が沢山ある事ね。」って言うて思いますよやっぱり。けれどもね愈々お取次の段になると、言うならば「神様の願いが、此の様にして成就しておるのですから」と言うて、私はお礼を申し上げるだけです。ですからおかげが限りないと言う事がそれで分かるでしょう。所謂お礼を申し上げるだけ。
そういう意味で合楽の信心はもう礼です。だからどう言う風に信心しておれば「目に見えるおかげより、目に見えんおかげの方が多い」と仰る。その目に見えない所の分野と言う物を開拓して行く。そして少しでもお礼を申し上げれる心の状態をね、愈々本当のものに作って行く事以外には無かろう様にありますですね。もうとにかく礼です。本当にお礼を申し上げての信心にならにければいけませんね。
どうぞ。